キクさんは一人とワンコ1匹で古びた旅館を切り盛りしている優しいおばあさんだ。
ここは山菜料理が格別で、常連客だけ受け付けているので、そんな美味しい料理と温泉を楽しみにキクさんに私はいつも会いに行く。
車で入口から入っていくと、テツロウがお出迎えしてくれた。
テツロウとはシェパードの雑種で、車から出ると、キリッとした目と大きな耳をピクピクさせて、飛びついてくる子だ。
「コラコラ〜やめなさい!」
外の騒ぎに気づいて、やっとキクさんが出て来た。
興奮するテツロウを抱え込みながら、「いらっしゃいませ〜」とかっぽう着に巾着をしたキクさんが優しい顔でお出迎えしてくれた。
それから、ゆっくりお茶を飲みながらテツロウとの出会いを話し出すキクさん。
テツロウは実は迷い犬だそう。
ある日、キクさんが吹雪の日にフッと外を見ると何か黒い動く物が!
熊?イヤ、今は冬眠中のはず。
気になって戸を開けると、ヒューと吹雪の風と一緒にテツロウが中に入って来たそうな。
「今日は吹雪だから、ウチでゆっくりしていきな!」とキクさん。
人馴れしているから、どこかの飼い犬だろうと思いながら、ご飯をあげ、土間のストーブをつけて温めてあげたそうだ。
次の日、近所の人に聞いて回ったが飼い主は見つからなかったのでキクさんは「おばちゃん一人だけど、ここに住むか?」と聞いた。
するとテツロウは嬉しそうに「ワン、ワン!」と返事したそうな。
それから、テツロウはキクさんの大切な相棒になった。
山菜採りには必ずお供するテツロウは大きな鈴をつけてガランゴロンという音を立ててついて行くので、熊も近づいて来なかったのだと思う。
そんなキクさんは、山菜の相当な穴場を知っている事を話してくれた。
キクさんは毎年同じ所に行くのだそう。誰にも教えていないので、根こそぎ取らずに、来年もちゃんと取れるようにしているそうだ。
時々、山菜を取るのに夢中になって、気づいたら日が陰ってしまう時もあり、そんな時は、テツロウが一緒だから帰ってこれると、目を細めながら話してくれた。
そんなテツロウはキクさんにもみんなに好かれる旅館の名物ワンコになっていた。
しかし、次の年の雪解けの頃、突然、訃報が届いた!
キクさんが屋根から落ちて来た雪の下敷きになり亡くなったというのだ!
見つけてくれた人の話によると発見された家の裏にはテツロウの鎖は届かず、悲痛な鳴き声だけが響いていたそうだ。
たまたま通りかかった人がその声を聞いて、駆けつけた時にはもう手遅れだったそうだ。
お葬式後、私がテツロウを撫でていると、
「飼ってくれる人を探しているんだが、どうじゃろう?」
と、キクさんの弟さんに声をかけられた。
「はい!飼います!」と私は即答していた。
何も出来なかった後悔と、親切にしていただいたキクさんに感謝の気持ちからだった。
秋ごろまでにはだいぶ慣れてきたテツロウだったが、キクさんの旅館に比べると、狭い家なのでかわいそうに思っていた。
そこで、主人と「キクさんの山菜採りの穴場という所に行って見よう!」という話になった。
そう実はテツロウを引き取るお礼として山で山菜取りをする許可をもらっていたのだ。
ただ、場所が分かる訳では無い。
大体ここら辺という道を突き当たりまで車で行ってみると明らかにテツロウのテンションがマックスになった。
昔の元気なテツロウそのものだった。
そして、どんどん奥に突き進んで行く。
鎖がなかったら置いていかれそうだ。
「もう、やばくない? だいぶ来ちゃったよね」
と焦ってきた時、テツロウが
「ワン!ワン!ワン!」
なんということでしょう!
至る所、木の根元にぎっしりキノコが群生しているではありませんか!
アァー。ここだ!キクさんの穴場!
でも、これウチらには多すぎるね。
テツロウにそう話しかけながら5株ずつ持って帰りました。
テツロウも久々の大活躍に満足気な様子。
キクさんが残した大切な山菜の山。
私は、テツロウに聞いた。
「ここはこのまま、テツロウと私たちの秘密にするか?」
「ワン!ワン!」
と、嬉しそうにテツロウは同意した。
それから、毎年キノコの秘密の園を楽しんでいる。
これでいいよね?キクさん。
ありがとう!テツロウを!
そして美味しいキノコを!
動画版「ほのぼの話」
コメント